硬式球には108の縫い目がある。ボールを投げることで縫い目に生じる空気抵抗を利用し、回転をかけ、軌道を曲げる。変化する原理だ。
ボールの変化をマスターするには、2つの道があると思う。
「カーブを投げたいな」と思って自分なりに試行錯誤して、ボールが曲がったとする。うれしい経験を起点に投げ方を研究し、曲がり方を深めていく…感覚に頼る比重を高くするのが1つの道。もう1つは、冒頭の原理に従って、縫い目1つ1つにまで注意を払い、理詰めで空気抵抗や回転、軌道を作り上げていく道。
個人的には、自らの意思でボールに“加工”を施していく後者の方が、後々になって思うように操れるようになると思う。そんな背景があって、変化球のことをもう1歩踏み込んで「加工球」と呼んでいる。
加工球で忘れられない思い出がある。米国のアリゾナで行われた大リーグの秋季教育リーグでの出来事。記憶では、日本のプロ野球も昭和45、46年頃より参加し、自分は2度目の人選で選ばれた。参加チームは大洋、広島、ヤクルト、阪急など。広島からは山本浩二、衣笠祥雄、ヤクルトからは松岡弘らが参加した。
サンフランシスコ・ジャイアンツに所属した。その時「チェンジアップ」という加工球を初めて耳にした。メジャーのコーチの説明はシンプルだった。
「ストレートと同じように投げて、スピードを落とす」
かつて、日本を代表する大打者が「『ストレートで強弱がつくと打ちづらい』と言った」と聞いたことがあったが、教わったチェンジアップとは、まさにそれだと自覚している。
投げ方は「手首を立てて、スナップは利かさず、ブラインドを引き下ろす感じ」としか言われなかった。要するに感覚のヒントだけで、決して「落とせ」とか「曲げろ」とは言わなかった。「自分で編み出せ」ということだと理解した。
日本のプロ野球界でも、チェンジアップの使い手は存在する。私がメジャーで教わったものとは異なるが、ヤクルトには石川雅規、巨人では、内海哲也や山口鉄也がいた。山口はフォークのように中指と薬指の間で挟んでいたし、内海は中指を中心に握っていた。握りも投げる時の意識も千差万別。加工球は奥が深い。
その後、メジャーではストレートと同じスピードで鋭く落ちる「スプリット・フィンガード・ファストボール」が出現した。今では日本人投手も投げるが、文化が違うとはいえ、メジャー投手の球種、考え方は10年以上先を進んでいる。
教育リーグに参加する際、当時の大洋・中部謙吉オーナーにあいさつに行った時の言葉が、その後の人生にも生きている。
「1カ月ぐらいで技術を身につけようと思わなくていい。1カ月でうまくなるのなら、全員行かせる。君たちは世間の見聞を広げてきなさい」
原理原則を理解し、幅広い視野を持って、好奇心や感性と掛け合わせることで技術に磨きがかかる。(つづく)
◆小谷正勝(こたに・ただかつ)1945年(昭20)兵庫・明石市生まれ。国学院大から67年ドラフト1位で大洋入団。通算24勝27敗6セーブ、防御率3・07。79年から投手コーチ業に専念。11年まで在京セ・リーグ3球団でコーチ、13年からロッテ。17年から昨季まで、再び巨人でコーチ。
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