
「おかあさん、お久しぶりです」 「あらあら、ようこそいらっしゃいました。ご家族のみなさんはお元気?」 施設で暮らす義母は会うとたいてい、開口一番にこう言います。ニコニコと出迎えてくれるけれど、「真奈美さん」と名前を呼ばれる機会はここ1年の間に、ずいぶん減ったような気がします。 でも、完全に忘れてしまったかというとそうでもなく、夫の仕事が重なって一緒に行けなかった日には「達也は来ないの?」と、さらっと名前が出てきます。不思議なもので、その場にいない人の名前を聞くほうが多いくらいです。 なんとなく顔は知っている気がするけれど、名前が出てこない。 名前はわからないけれど、わかったような態度でその場をやりすごす。 そんな気配を感じる機会が増えてきたこともあって、義母に会った時は「自分たちから名乗ろう」と、夫と相談して決めました。一方、「わたし(俺)が誰だかわかる?」という問いかけはなるべくしないようにしています。それはかつて、認知症の祖母が、娘(わたしの母親)に「誰だかわかる?」と聞かれた時の戸惑ったような、困ったような笑顔が忘れられないからです。 ある時は「孫のことは覚えているんだ」と喜び、ある時は「孫のことも忘れるのか」と失望する。母親のそんな姿を見るのもイヤでした。母は、祖母に対して複雑な思いを抱きながら、仙台から静岡に通い、遠距離介護を続けてきました。そのことを知っているだけに強く止めることもできず、「やめておけばいいのに……」と冷ややかに傍観していただけの自分が、いちばんイヤだったのかもしれません。
相手が誰だか分からなくても饒舌至極のパーティートーク
幸い、夫は「おふくろ、俺が誰だかわかる?」と強く食い下がって、確認するようなタイプではありません。 義母に、年の離れた弟(義母自身の弟)と間違われ、「あなたも一緒に行ったんだっけ? ほら、戦争で疎開したあの街よ」と話を振られても、素知らぬ顔で「どうだったかなぁ」と答えるぐらいの腹芸もできます。親に忘れられたと嘆き悲しみ、大騒ぎすることもなく、「いつかはそういう日が来ると思っていたけれど、いざ来てみると寂しいものだなあ」と、しみじみとつぶやく程度です。 介護が始まったばかりのころは、その冷静な落ち着きぶりが冷酷さに見えて離婚を考えたこともありました。でも、いまは義母のどこまでも前向きな気質とともに、夫のやや憎らしいぐらいに落ち着き払った態度に救われています。 そんな夫と決めたルールは2つ。 [1] 「誰だかわかる?」と質問しない [2] 義母に聞かれなくても、自分から「長男の達也です」など、名前と続柄と名乗る たったこれだけのことなのに、いざやってみるとなかなかタイミングがつかめません。というのも、義母は私たちのことを「息子夫婦」と認識できている日も、そうではない日も、何事もなかったように振る舞います。けげんそうな顔をもしないし、「どなた?」とも聞きません。相手が誰だか分からなくても、名前が出てこなくてもしれっと会話を続ける「パーティートーク」が、舌を巻くほどうまいのです。
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