この先どうなるのか、不安な日々を過ごすためあなたに向けた『わからない世界と向き合うために』。こちらの書評を生命科学を専門とする仲野徹先生にご寄稿いただきました。「科学的な考え方」の先がみえるような気がする書評です。
「科学的な考え方」について若い人たちに話をする機会がある。科学者的な考え方と言ってもいい。それは、科学を生業にしていると、意識するかしないかにかかわらず身についてくる、あるいは身についてしまう癖のようなものだ。
「発見とは、誰もが見たことのあるものを、誰も思いつかなかったように考えてみることである」
ビタミンCの発見でノーベル賞を受賞したアルベルト・セント=ジェルジの名言にあるように、科学者にとってなによりも大事なのは、他の人と違った考え方をすることだ。そのためには、物事を少し違った角度から眺めてみなければならない。その時、他の人と何度くらい違っているかを認識しておくことも大切だ。いつも一八〇度違う、他人と真逆の考え方ばかりしていては、おかしな奴と思われかねない。もうひとつ、できるだけ多くの現象や出来事を勘案しておくべきだ。ある特定の物事を解釈あるいは説明できても、他にはまったく通用しそうにない考え方では役に立たない。
この本のタイトルは少し説明が必要かもしれない。訳のわからない世界、という意味ではない。冒頭、「何が『正解』なのか」という問いかけがおこなわれる。そういった意味、何が正解かわからない、という意味での「わからない世界」である。そのあたりまで読みながら、これもノーベル賞受賞者であるジャック・モノーの本、『偶然と必然』を思い出していた。「宇宙の中に存在するものは、全て偶然と必然の果実である」というデモクリトスの言葉から始まる古典的名著だ。「偶然」もある種の「わけのわからなさ」ではないか。モノーは、そこから科学論を展開するのだが、この本では若者に向けたメッセージが紡ぎ出されていく。
中屋敷均先生、同じ生命科学が専門とはいえ少し分野が違っているし、お目にかかったことはない。ただ、これまでに何冊もの著書を読ませてもらい、ちょっと上から目線だけれど、とてもバランスのとれた研究者であるという印象を持っていた。この本を読んで、その考えがより強くなった。「バンジージャンプ」から始まり、「魔法」、「評価」、「嘘」、「日本人のルーツ」、「水」、「生命」、「UFO」、「組織化」など、テーマは極めて多岐にわたる。それぞれからさまざまな思考が展開されていくのだが、その眼差しの角度が絶妙だ。先に述べたような科学者としての二つの資質が遺憾なく発揮されている。文章もうまくてわかりやすい。
幸福論と言えないこともないが、それとは少し違う。「自分の人生を自分のものにする」ためのヒント集とでもいえばいいのだろうか。とはいえ、直接的なヒントではない。こういう考え方もあるけれど、どう思う?と、問いかけてもらえるような感じである。いうまでもないけれど、優れた科学的思考で説得力が抜群だ。だからといって、すべてを受け入れるというのは正しい態度ではない。中屋敷先生はそう言わはるけど、という半身のような姿勢を保ちながら読むことがあらまほしい。
たとえば、たくさんのエピソードのうちトップに紹介される若かりし頃の夢、いつか本を出したいということについて。その夢を叶えることができた魔法、いったい何だったと思われるだろう? それは「夢を持ち続けたこと」。わたしのようにそのとおりと思われる人もいれば、なんやねんそんなことかと思われる人もいるだろう。それでいいのだ、いや、それがいいのだ。中屋敷先生はさすがに客観的で、必ずしも魔法が通じるとは限らないと論じた末の結論は「そう、夢見る力こそが、人が使える『魔法』、より正確に言えば、いつも成功するとは限らない『魔法のようなもの』なのです」だ。
このような柔軟性にとんだ考え方こそが、科学的な思考にもとづいて「わからない世界と向き合う」ための極意なのである。この本、若者だけに読ませるのはもったいない。
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