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Friday, February 21, 2020

70年代少女漫画、名作誕生の現場から:『薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記』笹生那実──「モダン・ウーマンをさがして」第23回 - GQ JAPAN

64歳の漫画家が描く、若きアシスタント時代の思い出

いまから20年近く前、私がロンドンに住んでいた頃のこと。ある日、水道管の工事にやってきたおじさんが部屋のレコード棚に目をとめて、「音楽好きなの? 俺あのレーベルで働いてたんだよね~」と、90年代に音楽業界で大騒ぎしていた日々の思い出を聞かせてくれたことがあります。同じ頃、大学の講座で家具作りを学んでいた友達は、先生が70年代に一世を風靡した超有名バンドのメンバーだったと言っていたっけ。

人生のある時期、伝説的な現場のど真ん中でエキサイティングな経験をしたけれど、現在はそれとは関係のないお仕事をしたり子育てや介護に力を注いだりしている人は、世界中どこの国にもたくさんいるはずです。「平凡な一市民です」という顔をして穏やかに毎日を生きている人が、実はすごいエピソードを持っていたりするんですよね。

このたび『薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記』(イースト・プレス)を発表した笹生那実先生も、お仕事として漫画を描いたのはなんとこれが32年ぶりなのだそうです。18歳でデビューを飾り、プロ漫画家兼アシスタントとして活躍した後、子育てのために32歳で商業漫画家を引退。1995年に亡くなった盟友・三原順先生の作品の復刊を求める活動に携わったのをきっかけに、40代で同人誌を作りはじめました。

『薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記』のプロローグ

そして64歳になる今年、若き日を振り返るエッセイ漫画の単行本を上梓したのです。アシスタント時代の思い出漫画10ページほどを同人誌で発表していたのが編集者さんの目にとまって出版企画が立ち上がり、およそ180ページを描き下ろしたそう。刊行まで2年9カ月かかったとのことです。

この出版の経緯の時点でもうすでに尊敬の念が沸いてくるのですが、読んでみると、確かな技術に支えられた清々しくも熱のある漫画になっていて、背筋が伸びる思いがしました。描かれているのは70年代、美内すずえ先生や山岸凉子先生やくらもちふさこ先生といった綺羅星のような才能たちが、どんなふうに名作の数々を生み出していたのか。やっぱり頭を使って創作する人たちのお話は、時を越えて胸に訴えてくるものがありますね。

「有名作家風似顔絵」も「自分の絵」も熟練の技で愛らしく

登場する漫画家先生たちのお顔が、それぞれの描くキャラクターのようなタッチで描かれているのも楽しく、観察力と記憶力と画力が結びついた漫画ならではの表現にワクワクします。三原順先生が見せるさまざまなリアクションに、『はみだしっ子』のキャラクターたちの姿が重なるところは、笑ってしまうのと同時に創作の源に触れるようで感動的です。漫画のキャラクターは全員が作者の分身なんですよね。木原敏江先生が「高貴な人」と言われているのもファンなので嬉しくなってしまいます。

そこで偉大な先生がたに向き合うヒロインであるところの笹生先生ご本人が、クセのないかわいらしいお顔に描かれているのもとてもいいと思いました。あとがきで「本当の自画像」として現在の老け顔もさらりと描かれていますが、それも過度に下げることなく全体的に明るくまとめられていて、気持ちよく読めます。

これまで数多の漫画家の自画像を見てきましたが、改めて研究の価値がある興味深い表現だと思います。長大な論文が書けそうだし、誰かもう書いてそう。この件に関しては、売野機子先生(『ルポルタージュ‐追悼記事‐』『MAMA』など)のTwitterでの最近の発言も思い出されました。

この社会は何かというと人に自信を失わせお金を遣わせようとするプレッシャーに満ちていて、特に日本に生きる女性は、いまでも当たり前にへりくだった態度を取ることが求められがちだと思います。そんな環境で自分を下げ過ぎることなく、上げ過ぎることもなく、適切に提示するのは難しい。女性の漫画家の先生がたはそういう闘いの最前線に立ってきたのだなあ……と、ため息が出ます。

社会の圧力との闘いといえば、『40-0』という1977年の作品で、性暴力に遭ってしまっても決してくじけないヒロインを描いた樹村みのり先生の言葉にも心震えました。「当時の映画や小説ではこんな目に遭った少女はその後命を断つか身を持ち崩すか――というのが定番でした まるでそうでなければいけないかのように…」と、笹生先生は70年代の状況を説明します。実はこの作品は読んだことがなかったのですが、これをきっかけにさっそく手に取ってみました。テニスをする貧しい少女と大学生の青年のお話で、当時のビリー・ジーン・キング選手らの活躍が女性たちを励ましていたことも伝わり、しみじみ良かったです。

『薔薇はシュラバで生まれる』は、登場する漫画家先生やその作品のことを知っているほうが楽しめる思い出エッセイ漫画ではありますが、ブックガイドとして新たな出会いを生むポテンシャルも持っているのではないかと思います。笹生先生は60代、俗に「24年組」と呼ばれるような先生がたはすでに70代に突入している2020年。偉大な人生の先輩たちの青春と現在を知れば、「シニア世代」のイメージもアップデートされることでしょう。

野中モモ(のなか もも)

PROFILE
ライター、翻訳者。東京生まれ。訳書『飢える私 ままならない心と体』『世界を変えた50人の女性科学者たち』『いかさまお菓子の本 淑女の悪趣味スイーツレシピ』『つながりっぱなしの日常を生きる ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』など。共編著『日本のZINEについて知ってることすべて』。単著『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』。

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February 21, 2020 at 06:00PM
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