マスクをしていると、相手が何を話しているのか分からない――。コロナ禍の学校生活で、そんな困難を抱いているのが聴覚障害のある子どもたちだ。聴覚障害の子どもたちは「きこえていない」状態が一人一人異なり、傍目ではそれが分かりにくいため、周囲から誤解されたり、必要な支援を得られにくかったりすることも多い。「共に学ぶ」第10回では、こうした聴覚障害の子どもたちが置かれている現状と課題に焦点を当て、周囲が「きこえない」ことを理解するためのヒントを探る。
「きこえない」私らしく生きることを認めてほしい
ツイッターに投稿されたあるエッセー漫画が今、注目を浴びている。漫画を描いたのはミカヅキユミさん。ユミさんは生まれつき聴覚障害があり、両耳がきこえない。漫画は、ユミさんが小学2年生のころに体験した、ある出来事から始まる。
当時、ユミさんは文章を書く訓練として、日記を毎日書いては教師にチェックしてもらっていた。ある日の日記で「わたしのうちのチャイムは、押すと家の中のランプが光ってくるくるまわります。わたしは耳がきこえないので、ランプを見て『おきゃくさまがきたんだな。』とわかります」とつづった。後日、返された日記を楽しみに開いてみると、「きこえない」という部分に赤字で「きこえにくいと書きましょう。難聴とも言うよ」と添削されていた。それを見たユミさんは、自分にしか分からない「きこえ具合」の表現を他人から訂正されたことに衝撃を受けたという。
そのときの気持ちをユミさんは「きこえないことは、目で見て生きている私にとってマイナスでも何でもなく、当たり前の感覚。それを聴者優位の『少しでもきこえる方がよい』といった感覚で決めつけられ、自分が失われるような気がした」と振り返る。
大人になってからこのエピソードを漫画にしようと思い至ったのも「聴者とろう者という構図だと、聴者は意識せずともろう者に対して権力を持ててしまう。子どもと大人。きこえない人ときこえる人。社会的に立場が強いとみなされるのはいつも後者。『きこえない子ども』と『きこえる大人』という構図は、それが二重になっているということを訴えたいと思った」のが理由だ。それは、ユミさん自身が親の立場になって、つい子どもに対してやってしまうこととも、根底でつながっていた。
結局、ユミさんはこの後も同じような添削指導を受けたが、決して直すことはしなかった。「教師を責めるだけでは何の解決にもならないから、なぜそのような指導に至ったのかの背景にも目を向ける必要はある。ただ、『きこえない私』が『きこえない私らしく生きること』を認めてほしかった」と振り返る。
困っていることが理解されにくい聴覚障害
聴覚障害のある子どもは、1000人に1~2人程度いるとされているが、きこえの程度やコミュニケーション手段など、一人一人の状況は大きく違う。
森永寛子さんには、都内の公立小学校に通う2年生になる先天性の聴覚障害がある娘がいる。2歳で人工内耳の手術を受け、言語訓練も行ってきた。対面での会話もできるが、本人には必ずしも音が明瞭に伝わっているわけではないという。
公立小学校への入学を希望した森永さん。しかし、住んでいる自治体は当初、重度の聴覚障害であることを理由に難聴学級への通級による指導の受け入れに難色を示した。また、難聴学級が設置されている小学校は森永さんの住んでいる地域からは学区外となることから、「越境」の通学も求めたが、許可されなかったという。森永さんは他の自治体の事例を調べ上げ、NPOの支援も受けながら、教育委員会に対し難聴児への受け入れ態勢の改善を訴え続けた。中でも、学区にある小学校に入学する際は、学校生活をスムーズに始められるような合理的配慮を要請し、クラスの子どもたちに娘の障害を理解してもらうために、自ら作成した紙芝居で説明したこともある。
「後ろから話しかけても、分からないことがあるよ」
「ときどき一方的にしゃべってしまうこともあるよ」
幸いだったのは、担任の教員と通級による指導を行う難聴学級の教員が、森永さんの気持ちを理解し、「できることなら何でも」という姿勢で力になってくれたことだ。またあるとき、違うクラスの子どもが「何を付けているの?」ときいてきたことがある。そのとき、すかさずそばにいた同級生が、人工内耳のことやの聴覚障害について教えてくれたこともある。「小学校に上がって会話力が上がったのは確かだ。悪い言葉も含めて、新しいことをどんどん覚えてくる」と、森永さんは苦笑しながらも、娘の成長を実感している。
「聴覚障害は、他の障害に比べて、本人が困っていることが分かりにくい。『きこえない』とは、どういうことなのか。想像することから始めてもらえたら。人工内耳を付けた子どもが通常級に入ることも増えているので、聴覚障害者への合理的配慮も当たり前になってほしい」と願いを語る。
マスク着用によるコミュニケーションのバリアをICTで解決
コロナ禍は、聴覚障害のある人のコミュニケーションに新たな課題をもたらした。日常的にマスクを着用するようになったことで口の動きが分からず、相手が話す内容を読み取れなくなってしまったのだ。
この課題を解決しようと、聴覚障害のある子どもたちの教育事業を展開する「Silent Voice」(サイレントボイス)は昨年、多言語翻訳機の開発を行っているソースネクストと組んで、同社が開発したAIボイス筆談機「ポケトークmimi」を、聴覚障害のある子どもが在籍している学校に無償で貸し出す取り組みを行い、全国40校から応募があった。
この取り組みを担当したサイレントボイスの井戸上(いどうえ)勝一さんは「教室のみんながマスクをしている環境で、話し掛けられていることに気付かず、無視していると周囲から誤解を受けた子どももいる。そういうことが続けば、人と会話することも嫌になり、彼らにとって学校は楽しい場所ではなくなってしまう」と、この取り組みの狙いを説明。同社の社員も「もともと中途失聴の高齢者をターゲットとした商品だったが、学校にいる聴覚障害のある子どもたちにも役立つことが分かった。子どもたち自身で、こちらが想定していなかった使い方をしているのも発見だった」と、学校現場でのニーズの高さと活用の仕方に驚きを隠せない。
実際に応募したある小学校では、難聴学級に在籍している児童が通常学級で授業を受ける際に活用。教師の手元にあるワイヤレスマイクを通じて、説明を瞬時に文字変換してくれるので、内容の理解につながったという。これまでも聴覚障害のある子どもが参加する授業では、教師にフェースシールドや透明マスクを使うよう呼び掛けていたが、感染防止効果に対する不安や、透明マスクでは声がこもり、かえってきこえにくくなるといったことから、なかなか徹底できていなかったという。
しかし、「ポケトークmimi」を使うようになってから、どんな配慮をしてほしいかを子どもたち自身が教師に伝えられるようになった。例えば、卒業式の全体練習でハンドマイクを使って指示を出す教師やスライドを使いながら話す内容を視覚的に説明してくれる教師が増えるなど、学校全体が少しずつ聴覚障害の子どもたちに配慮する意識が生まれていったという。
難聴学級を担当している教員は「その子自身がどんな支援をしてほしいのかを説明できる力が大切なのだと、改めて気付かされた。遠足では、バスの中で『ポケトークmimi』を使って会話に入れたことがすごくうれしかった子どももいた。こちらはツールを渡しただけだが、子どもたちにとっては大きな変化だった」と効果を実感する。
早期支援が言語獲得や学力保障の鍵を握る
聴覚障害のある子どもたちや保護者の支援を巡っては、国も本腰を入れて取り組みを強化している。
2019年に厚労、文科両省の副大臣を議長とする「難聴児の早期支援に向けた保健・医療・福祉・教育の連携プロジェクト」が出した報告書を受けて、厚労省では2月に「難聴児の早期発見・早期療育推進のための基本方針」を策定した。報告書では、先天性難聴児をできるだけ早期に発見し、手話言語や筆談を含めた言語・コミュニケーション手段の獲得につなげるための療育を生後6カ月ごろまでに開始することが望ましいとし、都道府県に対して新生児聴覚検査のための協議会を設置して、関係機関と情報共有しながら難聴児と家族への支援を実施していくことや、特別支援学校に専門的な教員を配置し、関係機関と連携した乳幼児教育相談を実施することなどを求めた。
聴覚障害のある子どもたちへの特別支援教育が専門の武居渡金沢大学教授は「聴覚障害は言語獲得と密接に関係する。日本語の音声獲得が難しく、言語として獲得できても、聴者と同じようにきこえるわけではない。また、手話言語を第一言語とする子どもたちの場合、多くの保護者は手話言語を教えられないので、保護者も含めた手話言語を学ぶ場を社会として整備する必要がある。言語・コミュニケーション手段をどうするかを早期に考え、必要な指導を始めないといけないところが、他の障害と違う」と強調。これまでは都道府県によって支援体制にばらつきがあり、結果的に言語獲得に支障が出てしまったり、適切な支援のルートに乗れない家庭が出てきてしまったりしていたと指摘する。
さらに、小学校に入学して以降は、別の課題が立ちはだかる。「聴覚障害のある子に『分かった?』と聞いてはいけない。なぜなら、子どもは理解していなくても『分かった』とうなずいてしまい、教員もそれにだまされてしまうからだ。聴覚障害のある子では、『昨日は何を食べた?』という質問には答えられても、教科学習の説明になると分からなくなってしまうことも多いが、その原因が聴覚障害で十分に理解できていないためだと気付かれにくい」と武居教授。「小学1、2年生の段階で日本語の言語能力が学年相当かどうかを検査して、早めの支援をしてほしい。そうしないと、学年が上がるにつれて、学力だけでなく友人関係など、さまざまな二次障害につながってしまいかねない」と警鐘を鳴らす。
いつでもどこでも手話言語を学べるアクセス保障を
「人工内耳や補聴器の性能が向上し、相手の言っていることが分かり、発音の明瞭度が上がってきている子は確かに増えている。しかし、それで全ての問題がなくなるわけではない」
そう指摘するのは、聴覚障害のある当事者の全国組織として約70年の歴史を持つ全日本ろうあ連盟教育文化委員会の山根昭治委員長だ。山根委員長が強調するのは、手話言語を学ぶ重要性だ。人工内耳や補聴器である程度きこえていても、きこえる人と全く同じようにきこえているわけではなく、限界はある。だからこそ、手話言語も併用して身に付けられるように、手話言語にアクセスする機会をあらゆる地域で保障すべきだと提言する。
同連盟では昨年、『きこえない・きこえにくいお子さんを持つママ・パパへ』と題したパンフレットを関係機関に配布した。同連盟教育文化委員会の堀米泰晴副委員長は「人工内耳や補聴器、手話言語など、きこえない、きこえにくい子どもの成長にどんな選択肢があるか、親が見通しを持ってもらいたかった」と、制作理由を説明する。国の「難聴児の早期発見・早期療育推進のための基本方針」でも、こうした早期発見後の支援をどこまで手厚くできるかが課題だ。山根委員長は、都道府県などで早期発見・早期療育の体制を整える際に「当事者抜きで話を進めないでほしい」とくぎを刺す。もしも聴覚障害のある当事者やその家族が支援に関わることができれば、きこえない・きこえにくい子どもやその家族に、身近なロールモデルとしてつながることも期待できる。
かつての「ろう学校」では、本人の残存聴力を活用して、口の動きから言葉を読み取ったり、発声をしたりする聴覚口話法が主流で、学校で手話言語を学ぶ機会はほとんどない時代があった。今では、言語としての手話言語に対する理解を広げようと、手話言語条例を制定する自治体が増え、昨年のパラリンピック東京大会などで手話による同時通訳が話題になるなど、少しずつ手話言語への関心が高まっているものの、学校で手話言語を知っている教員は特別支援教育の分野も含めて決して多くないのが実情だ。
山根委員長は、自身がろう学校を卒業したことを「誇り」だと語る。それは、手話言語という同じコミュニケーション手段を持った仲間と一緒に成長したという実感があるからだ。今、「ろう学校」に通う生徒は減少傾向にあり、地域の学校に在籍する子どもも多くなった。その際に、聴覚障害のある子どもの心のよりどころがないのではないかと山根委員長は懸念する。
「地域の学校でも、聴覚障害のある子が手話言語を学べたり、周囲の友達が手話言語に興味を持ってくれたりして、学校で手話言語を使ってコミュニケーションができれば」と山根委員長。堀米副委員長は「きこえない・きこえにくい子どもを担当することになった教員は、その子にどういう支援が必要か悩むと思う。できるだけ一人で抱え込まずに、『ろう学校』の教員に積極的に相談したり、できれば手話言語について学んでみたりしてほしい。そして、教室で手話言語を使って語り掛けたら、きっとその子は安心できると思う」と笑顔で呼び掛ける。
(藤井孝良)
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