物質の中には、超低温に冷却されると構造が変化し、電気抵抗がゼロとなる超伝導現象を生じるものがあるが、この構造変化は「ネマティック転移(nematic transition)」と呼ばれている。
ネマティシティ(nematicity)という言葉は、ギリシャ語で「糸」を意味する「ネマ(nema)」に由来する。概念的な「糸」を表す場合にも使われ、近年物理学の世界では、物質を超伝導状態に導く協調的なシフトを表現している。例えば液晶など分子が整列する現象もネマティックと呼ばれている。電子ネマティック転移では、電子間の強い相互作用によって、物質が微細なソフトキャンディのように、ある特定の方向に無限に伸び、その方向に電子が自由に流れるようになるのだ。
問題は、どのような相互作用が物質の伸びを引き起こすかということだ。いくつかの鉄系超伝導体では、個々の原子が協調的に同じ磁化方向にスピンをシフトさせることで、ネマティック転移が引き起こされることがわかっている。そのため物理学者たちは、ほとんどの鉄系超伝導体はこうしたスピン駆動型の転移が生じていると考えていた。
しかし今回、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームは、セレン化鉄が全く新しいメカニズムでネマティック転移することを発見した。セレン化鉄では、磁気的な挙動は協調せず、原子軌道が協調してシフトしていた。この研究成果は、『Nature Material』誌に2023年6月22日付で公開されている。
セレン化鉄は2次元物質の超伝導物質で、鉄系伝導体としては最高温度の約70K(約−203℃)で超伝導状態になる。超伝導体は、超伝導状態になる温度が高ければ高いほど実社会での応用が期待できる。
研究チームは、セレン化鉄の超薄片を引き伸ばすことでネマティック転移の際に起こる構造的な伸張を模倣し、ある時点を境に、原子軌道が明らかに強調的にシフトすることを見出した。セレン化鉄では鉄原子の周りの軌道状態は2種類あり、通常電子がどちらの軌道を占めるかはランダムだ。しかしセレン化鉄を引き延ばしていくと、電子は圧倒的に一方の軌道状態を好むようになった。これは新たなネマティシティ、つまり超伝導の新たなメカニズムを示すものだ。
研究チームは、スピンネマティシティと軌道ネマシティの違いは、ごく僅かなものだが、そこには異なる基礎物理学が存在し、この2つの違いを示す一連の物質が存在するとし、それを理解することで、従来にない超伝導体の発見に役立つヒントになるだろうと述べている。
関連情報
Physicists discover a new switch for superconductivity | MIT News | Massachusetts Institute of Technology
Spontaneous orbital polarization in the nematic phase of FeSe | Nature Materials
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