古代日本で高位の人物のみに着用が許された色とされる紫は、どのように染めていたのか。大手前大学(兵庫県西宮市)で教壇に立つ染色美術家が考古学者の協力のもと、その技法の再現に挑戦した。手がかりは、平安時代に記された律令の施行細則「延喜式」だった。
大手前大建築&芸術学部教授の今福章代(ふみよ)さん(60)は7年ほど前、懇意にしている染料店から、絶滅危惧種の紫草(むらさき)の栽培に滋賀県東近江市で成功したと聞いた。古くから国内に生息し、根の紫根(しこん)は染料の原料になる。江戸時代以降、染色家の先人たちが古代の紫染めに挑んだが、詳しい技法は伝わっていない。難題に挑みたい気持ちがわいてきた。
史料の解析も必要になるため、考古学に詳しい森下章司・大手前大史学研究所長らとともに国から科学研究費の助成を受け、2017年に研究を始めた。
律令の施行細則をまとめた延喜式には儀式の手順や使用した物品などが記され、紫染めに必要な材料は書かれているものの、色素を抽出する方法や染色方法などについて具体的な記述はないという。岩手などに伝わる紫根を使った染色技法を参考に、手探りで解明に乗り出した。
植物染料を使う場合は通常、染料を繊維に定着させるための「媒染(ばいせん)」という工程が必要となる。
媒染は、灰と湯を混ぜた上澄み液に生地を浸す作業。延喜式に、灰にする木の種類は書かれていない。今福さんらは万葉集の和歌などからツバキと推定した。
媒染を繰り返した後、紫根からつくった染液に浸した。でも生地は灰色になるばかり。約500色を発色できるという今福さんだが、染液の温度管理が難しく、なかなか紫に染まらなかったという。
「当時の染め手だったら、どうしただろうか」
壁にぶつかると、いつもそこに立ち戻った。媒染の回数や染め方を変えるなど試行錯誤を繰り返した。4年がかりでようやく、深みのある紫にたどり着いた。「見たことがないくらいのきれいな色が出た。古代の染色技術の高さを感じた」と語る。
今年から2年間かけ、大手前大学が提携する京都府京丹後市と協力し、地元産の絹地(幅40センチ、長さ13メートル)を古代の紫に染める実験に取り組む。かつての丹後国から白の絹地が都に納められていたとの記述が延喜式にあり、そうした絹地が紫に染められていた可能性があると考えたためだ。今福さんは「織元が少なくなるなか、地元の産業に誇りを持ってもらえたら」と話している。
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今福さんが古代の紫染めの再現実験について報告する講演会「古代の高貴な色を求めて」が21日午後1時半~3時半、大手前大学さくら夙川キャンパス(西宮市御茶家所町)で開かれる。紫染めの実演も予定されている。申し込み不要で参加無料。問い合わせは同大史学研究所(0798・32・5007)へ。(勝亦邦夫)
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