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Tuesday, May 5, 2020

パチンコは止められないのか 脱出のヒントは行動経済学(産経新聞) - Yahoo!ニュース

 【粂博之の経済ノート】

 人は「おおかた死ぬまでは死なないと思ってる」ので、危険があると知っていても「比較的平気にしていられる」のだと、夏目漱石は「硝子戸の中」で書いた。こうした心理は、社会を円滑に動かすにはある程度必要とはいえ、時には障害になるものだ。新型コロナウイルス感染拡大の防止には人々の行動制限が必要だが、私権の制限が難しい日本では限界がある。そんなとき「行動経済学」が解決のヒントを与えてくれるかもしれない。

【表】感染を防ぐ「新しい生活様式」実践例

 ■やめられないパチンコ

 ウイルスの感染拡大防止のため、大阪府がパチンコ店に休業を求めたが応じない店があった。府が半ば懲罰的に店名を公表すると、かえって客が増えてしまった。自分は感染しない、感染しても大したことはないと思っている人たちが平気でパチンコ台に向かったわけだ。

 将来ウイルスに感染するリスクと、今パチンコで得られる快楽をはかりにかけたとき、冷静に考えればパチンコを我慢するだろう。感染すれば自分が苦しむだけでなく、周囲に迷惑をかける。最悪死に至る可能性もあり、そうなればパチンコもできなくなる。

 しかし、分かっちゃいるけどやめらないという人は多いのだ。とくにギャンブル。カジノを誘致する大阪府、大阪市はギャンブル依存症対策を講じるとしているが、相当に難しい課題になることを予感させる。

 ■朝三暮四のサル

 今さえよければ良いと考えることの浅はかさを表現する言葉に「朝三暮四」がある。朝方、飼っているサルに「トチの実を朝に3つ、暮れに4つやる」と告げると怒ったので、「では、朝に4つ、暮れに3つにしよう」と言うと喜び、納得したという。中国の古典からの言葉だが、フランス文学者、内田樹氏は「サル化する世界」(文藝春秋)で、現代にもそれは生きていると指摘する。

 しかし、多少はサル的でなければ、今を楽しく生きてゆくことはできない。また、人間は「おおかた死ぬまでは死なないと思ってる」からこそ、恐慌に陥らずに済み、社会を維持できる。

 社会を守るために踏みとどまるべき一線をどう引くか。民主主義国家で私権を制限することは困難を伴うので、サル的な行動を取り締まって排除するのではなく、人々が自然とサル的領域に踏み込まないようにするのが理想的だ。倫理観や道徳だけに頼るのではなく、「お得感」つまり経済合理性にも訴えるのが効率的だろう。

 ■頓知でナッジ

 経済学においては、人間は合理的に行動するものとされてきたが、人間は本来非合理的であり、それを踏まえて政策を考えるべきだとする「行動経済学」が最近注目されている。同分野ではノーベル経済学賞の受賞者が輩出している(2002年にダニエル・カーネマン氏、13年にロバート・シラー氏、17年にリチャード・セイラー氏)。

 行動経済学は、そっと肘をつつくようにして誘導する「ナッジ」を提唱している。人々が合理的な選択を「してしまう」ような枠組みを用意するのだ。申請書の様式、注意を促す文言などを作成するときに少し工夫したことで納税率が高まったり、商品の売り上げが伸びたりした実例がノーベル賞学者らの著作で多く紹介されている。

 カーネマン氏の「ファスト&スロー」(早川書房)や、セイラー氏の「行動経済学の逆襲」(同)など。受賞者ではないが、米デューク大のダン・アリエリー教授の著書「予想どおりに不合理」(同)も気軽に読める。

 いずれも、人をだますのではなく、頓知を利かせた仕掛けで楽しい。パチンコ問題は、かなり難しいが解決しがいもあるのではないか。ナッジは危機時だけでなく平時に戻ったときでも、行政やビジネスの効率化を図るヒントになるだろう。(経済部編集委員 粂博之)

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