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Saturday, September 19, 2020

漫画家デビュー10周年、伝統と革新のバラエティ短編集:売野機子『売野機子短編劇場』──「モダン・ウーマンをさがして」第35回 - GQ JAPAN

まるで、“漫画で出来ることのショーケース”のよう!

今年の春に、漫画雑誌『月刊コミックビーム』で短期集中連載がスタートして以来、単行本にまとまるのを心待ちにしていた『売野機子短編劇場』(KADOKAWA)が、はやくも書店の棚に並んでいます。売野先生の画業10周年記念単行本とのことで、雑誌に掲載された作品に同人誌で発表した作品や描き下ろしも加えた全9本の短編を収録。古くからのファンはもちろんのこと「最近、漫画読んでないな」というかたにもおすすめしたい、多彩なスタイルとテイストを楽しめる作品集になっています。まず著者による手描き文字が大胆に配された、白黒にシルバーの箔押しがまぶしい装丁から、書店で見る者をハッとさせる異彩を放っていますよね。

『薔薇だって書けるよ 売野機子作品集』(白泉社)

売野先生のデビューは鮮烈でした。自主制作漫画誌展示即売会「コミティア」(ファンフィクションでなくオリジナル作品に特化された同人誌即売会)で注目を集めたのち、2010年に初の単行本『薔薇だって書けるよ 売野機子作品集』(白泉社)を刊行。大島弓子先生をはじめとする偉大な少女漫画家たちが70〜80年代に残した知的で麗しい作品群の影響が見て取れる作風に、漫画愛好家たちが沸き立ったのをよく覚えています。

しかし少子高齢化を反映した出版業界の規模縮小に歯止めがかからず、かつてそういった鋭い作品を送り出してきた「少女漫画誌」も軒並み苦戦を強いられている時代です。また2010年代は、ウェブメディアの発展によって旧来の少年誌/少女誌の区分けがどんどん読者の実情にそぐわなくなっていったのと同時に、一部では性別をはじめとする読者ターゲットの一層の細分化が余儀なくされた時代でもあったように思います。

『MAMA』(新潮社)、『ルポルタージュ』(幻冬舎コミックス)

そんな状況下でプロの漫画家として歩みはじめた売野先生は、少女誌に短編を発表しながら青年誌にも活動の場を広げていきました。『MAMA』(全6巻完結/新潮社)は、ヨーロピアンな寄宿学校の少年合唱団という耽美系レトロ少女漫画ファンが大好きなセッティングを、現代らしい緊張感をもって料理してみせたドラマ。『ルポルタージュ』(幻冬舎)では、恋愛が時代遅れになった近未来の社会でそれでも恋をするヒロインという、現実をひっくり返したのをさらにまたひっくり返して別のところに至るようなトリッキーな設定に挑戦。途中で掲載誌を移動し、タイトルも『ルポルタージュ ‐追悼記事‐』(講談社)に改め、シャープかつあたたかい物語の着地を見せてくれました(それぞれ全3巻、合計6巻で完結)。

今回の『売野機子短編劇場』は、およそ3年半ぶり8冊目の短編集です。ストレートに読みやすい「いい話」もあれば、SF的な世界とキャラクターの壮大な設定を考えたうえで見せ場だけ切り取った感のある同人誌らしい作品もあり。いちばん短い作品は4ページ、長い作品は40ページ。漫画で出来ることのショーケースのようで、いったい何が飛び出すか予断を許さないところも刺激的な1冊でした。自分としては、やはり何かとうまくいかない少女が抱えたやりきれない想いが何らかの解決をみせるお話にぐっときてしまいます。これから読む人の楽しみをなるべく損なわないためにどの作品かは言わないでおきますが、「少女が走り去る名作」リストに新たな一作が加わりました。まるでいつか深夜にひとりで観たフランス映画のような。

『売野機子短編劇場』(KADOKAWA)p.144-145

さて、振り返ればこの連載では、今年の2月に笹生那実先生の『薔薇はシュラバで生まれる』を紹介した際、売野先生のTwitterでのつぶやきを引用させてもらっています。ネット空間ではどんな分野であろうと作品そのもの以上に作者の発言やパーソナリティが話題になってしまいがちなことを苦々しく思っている身として、漫画の話をする前に発言を取り上げたことをちょっと申し訳なく思っていました。それもつまりは「これをきっかけに興味を持って作品を手に取ってくださいね」ということなのだけど。だから今回こうして売野先生のぴかぴかの新刊を紹介できることを、とてもうれしく思います。胸キュンでキラキラですぐにでもテレビドラマになりそうな種類の面白さとは別の、漫画だからこそのあざやかなアイデアと勇気に満ちた作品の数々、ぜひこの機に味わってみてください。

野中モモ(のなか もも)
PROFILE
ライター、翻訳者。東京生まれ。訳書『飢える私 ままならない心と体』『世界を変えた50人の女性科学者たち』『いかさまお菓子の本 淑女の悪趣味スイーツレシピ』『つながりっぱなしの日常を生きる ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』など。共編著『日本のZINEについて知ってることすべて』。単著『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』。

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September 20, 2020 at 07:01AM
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