役職定年や定年退職を迎えたシニア層がエンゲージメントを維持して働き続けるには発想の転換が必要になる(写真はイメージ)
役職定年や定年退職を迎えたシニア層がエンゲージメントを維持して働き続けるには発想の転換が必要になる(写真はイメージ)
近年、健康経営で注目されている働く人のエンゲージメントには大きく2つの考え方があります。仕事を通じて活力を得て、熱意を感じつつ、没頭できることを指すワークエンゲージメント(※1)と、働く人の所属する組織への愛着心や仕事の情熱、個人と組織の双方向の関係性や結びつきの度合いを指す従業員エンゲージメントです。いずれもモチベーションと関係が深そうですが、この連載の1回目で触れた世界保健機関(WHO)憲章による健康の定義におけるウェルビーイングでは、肉体的にも、精神的にも、社会的にも、完全に良好な状態を持つという3つの側面がありました。このうちの社会的なウェルビーイングを保つためにもエンゲージメントは特に重要であると考えられます。
大手企業でも起きるシニア層のモチベーション低下
大手企業の人事部門の関係者がひそかに問題視しているのがやる気をなくしたシニア層です。それまでは課長や部長の立場で活躍していたはずの人たちが、50歳半ばで役職を解かれ、やる気を失う事例が後を絶たないというのです。60歳時点で一旦、退職金をもらってしまうと、報酬は半分以下、それまでの報酬が高いと4分の1にもなってしまうことがあります。労働の対価が激減してしまうと、勤務先でのモチベーションが低下してしまうのは当然のことかもしれません。
他方、大手企業であっても、これから大量に生み出される役職定年以降のシニア層の報酬を社会保険料と共に負担し続けることは経営管理上の負担となります。少子化の影響や就職氷河期の影響で40代より若い世代が少ないため、従業員の年齢構成はいびつなことが多いです。さらに、Z世代の若手は採用がうまく行かない上、簡単に転職してしまう等、その定着と育成が多くの企業で問題視されています。結果的に対外的な環境が一層厳しくなる中で、5年後、10年後と事業を発展させる主力が激減し、事業継続、存続可能性が危ぶまれる事態ともなり得ます。
長年貢献してきた企業で人事部門から問題視されてしまうことは現在の管理職層としては不本意なことでしょう。バブル期以降に入社して、「24時間戦えますか?」という言い回しも当然という雰囲気があり、今で言うパワハラも横行する中で同期と競争し、家庭を顧みずに仕事に没頭してきた自負がある人ほど、築き上げてきた社内のポジションや権限を、決められた年齢で一律に奪われてしまうのは耐え難いはずです。
これから役職定年や定年退職を迎えてシニア層となっていく世代の人たちが就職したての若かった頃には55歳定年の名残もあり、以降は60歳定年が長く定着してきました。部長等の肩書のまま、お別れの会で花束をもらってめでたく退職していった元上司や先輩のことを思い出すのではないでしょうか。当時とは時代が違うとはいえ、不公平に見えてしまうのが近い将来待っている継続雇用等の身分です。
昭和の頃から年功序列が当然という文化で働いてきた方がほとんどでしょうから、年下の後輩や場合によって元部下が新たな上司として指示を出してくるのは神経を逆なでされる感じではないでしょうか。現場の役職者の方々の目線に立てば、やる気を失ってしまう気持ちは共感できるところが十分にあります。
役職定年や退職金の支給を1つの区切りとして「リフレーミング」
人生100年時代という言葉が浸透しつつある中、現役世代の減少をいち早く見込んだ政府、行政側は、退職年齢を60歳から65歳、そして70歳まで延長しつつあります。2021年4月以降、事業主には70歳までの就業機会の確保が努力義務となっていますが、今後、数年で義務化されることになるでしょう。
その背景には賦課方式と呼ばれる、現役世代が高齢者のために支払いを受け持つ年金のような社会保障制度を維持しなければならないという前提があります。老年学や老年医学の専門家たちは、かつてよりも高齢の人たちの心身の健康状態が改善していることから、75歳以上を高齢者と呼ぶべきだという提言を行っています。つまり、令和時代では健康に問題がなければ75歳まで働き続けることが全ての世代に要求される可能性があります。
もしもご自身が役職を解かれる状態を意識し始めておられるのであれば、そうした社会的な背景を理解した上で、現状に抵抗し続けるのか、あるいは変化に身を委ねて、それに適応しようとするのかを一度、検討してみることをお勧めします。50代以降は心身の機能低下が避けられず、けがや病気も増加していきます。やる気を失った態度を続けることは、継続的な心身のストレス反応に自らをさらし続けることになります。結果的に自分の首を絞めてしまうことになりかねません。
もしも、自らの望む職場環境を実現したいのであれば、早めに自ら、独立するなり、資格をとって開業する方向を考えなくてはなりません。けれども、それらは年代にかかわらず、高いハードルがあります。
そこで役職定年や退職金の支給を一つの区切りとして、年功序列のような価値観やこれまでの上昇志向を見直してみてはいかがでしょうか。心理学の分野では、物事の見方を変えて、別の視点や枠組みで捉え直すことを「リフレーミング」と呼びます。一見、ネガティブに見える状況や出来事を物事の見方を変えてみることで、メリットや利点として捉え直す思考様式です。
新しい職場環境に適応するチャンスに
例えば55歳の時点で「リフレーミング」を通して、うまく新しい処遇や環境に適応できると、その先の15年あるいは20年という職業生活を通じて、社会的にも良い状態、大切なウェルビーイングを保ちやすくなります。同時に心身の機能の衰えを防ぐことが期待できるのです。継続雇用であっても常用雇用であれば、職場の健康管理の対象であり続けることができます。定期健康診断の受診やストレスチェックの受検、必要な場合の健康相談の窓口を活用することで病気の予防や早期発見に役立ちます。これらは心身のウェルビーイングに良い結果をもたらします。
そのためには社会的なウェルビーイングの側面で、仕事と職場が確保されていることが鍵となります。役職を解かれたとしても、やる気を失うことなく、働く人としてエンゲージメントを高く保っていくことが肝要です。
これまで指導したり、指示をしたりした後輩や部下から与えられた仕事に対して、雑用を押し付けられたと考えるのではなく、ご自身を今後、10年、15年と過ごす新しい職場環境に適応させていくチャンスと捉え直していくのです。
昭和から平成にかけての職場環境では、職業生活を成功、不成功で判断する考え方が一般的であり、疑問の余地はなかったかもしれません。人生100年と言わずとも、仮に90歳で亡くなる場合でも、還暦を経てから30年という長い年月が残されています。仕事に代わるほど、日々情熱を注ぐことができる趣味があれば、経済的な心配がない限り、それに没頭することができます。しかし、若い頃からやってみたかったこと、還暦を過ぎて以降も毎日没頭できそうなことが特にないようであれば、物足りないとしても、職場での新しい立ち位置に早く慣れて目前の仕事に没頭する方が、知識と経験が豊富な方にとっては、容易ではないかと思います。
継続雇用後の職場の存続はご自身の将来にとって、あるいは長年貢献してきた組織に対する愛着を考えても、重要事項でしょう。役職を解かれて以降、責任や権限がなくとも、会社や職場の将来の発展のために自身に何ができるのか、そうした意味や意義をベテランとして考え続けることで、失われかけたエンゲージメントを復活させることもできます。
そうした柔軟な思考や姿勢は年若い職場の上司や同僚にとってのロールモデルとなるうえ、長く勤めた職場の存続可能性に役立ちます。このようにして役職定年を迎えた後の職場で新しいポジションに適応していくことは、ご自身だけでなく周囲の人たちのウェルビーイング向上にも良い影響を与えてくれるのではないでしょうか。
(※1)島津明人・慶応義塾大学教授らは「ワーク・エンゲイジメント」という表記を使用している。
亀田 高志(かめだ・たかし)
労働衛生コンサルタント、日本内科学会認定内科医、日本医師会認定産業医
1991年産業医科大学医学部卒。職場のメンタルヘルス対策、高年齢労働に伴う安全衛生・健康管理及び感染症を含む危機管理対策を専門とし、企業や自治体、人事担当者や専門家向けにコンサルティングと教育・啓発を手掛ける。福岡産業保健総合支援センター産業保健相談員、国際EAP協会日本支部理事、日本産業衛生学会エイジマネジメント研究会世話人を務める。社会保険労務士がメンタルヘルス対策等を学ぶ「健康企業推進研究会」を主宰する。
著書は『管理職ガイド〜はじめてでも分かる若手のトリセツ(令和のZ世代を受け入れ、育て、問題に対処するポイント)』(労働開発研究会)、『第2版 管理職のためのメンタルヘルス・マネジメント』(労務行政)、『改訂版 人事担当者のためのメンタルヘルス復職支援』(同)、『【図解】新型コロナウイルス メンタルヘルス対策』(エクスナレッジ)、『課題ごとに解決!健康経営マニュアル』(日本法令)、『社労士がすぐに使える!メンタルヘルス実務対応の知識とスキル』(同)等。
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